Association for Renovation of Hosei University 55' & 58' Buildings  
 
 
 

「寿命・保存・解体」

法政大学建築学科 大江新

     


<ひとつの建物に複数の寿命>

 ガンなど宣告された人はともかく、ほどほど元気な人に対して「あの人はあと何年生きられるだろう」という言葉が発せられることはない。もちろん「失礼だから」という配慮もあるが、人には平均寿命という物差しが存在し、多くの人がほぼそのぐらい生きられることが予想できるからだ。それに比べて建築の寿命は単純でない。理由は二つ。ひとつは、建物には複数の寿命が存在すること。もうひとつは、人体とちがい、弱い部分や痛んだ部分を修復・交換することで、いくらでも延命が可能だからだ。

 人の場合も「消化器は大丈夫だが心臓が弱くて命を縮める」というふうに、部分ごとの寿命の違いはあるが、その差は建築ほど大きくない。各部がバランス良く老いてゆくのが健全な姿だ。だが建築は、骨格(躯体)、表層(外壁・屋根)、内蔵(床・天井・間仕切壁)、血管(電気・給排水・冷暖房)、神経(情報系)など、それぞれ部分ごとに寿命が異なる。耐用年限による物理的寿命だけでなく、生活様式とのギャップによる社会的寿命、機器性能の進歩にともなう技術的寿命などが混ざり合っているからである。

 保存や建て替え論議の中で、「設備機器や情報系統が老朽化してきたから、そろそろ建替えるべきだ」といった的外れな議論が登場するのは、この「複数の寿命」の意識がないことが原因だ。こんなに理不尽な話はない。人の場合だって「あなたは肝臓が傷んでいるからそろそろ死んでいただきます」などと暴言を吐く医者はいない。特に建築の場合、複数の寿命を前提に、衰弱した部分から順に修復・交換しながら、いつまでも使い続けるのが、合理的で自然な姿である。どんなに新しい建物も、情報通信機器はせいぜい10〜20年で、電気・設備機器は20〜30年で大改修や交換が必要になる。(最近の建物は「交換のしやすさ」が工夫されている点が特徴だが)

<どこまでも延命可能な建築>
 人の場合も患部の治療や交換によって健康回復が図られるが、それを繰り返すことで永遠に延命させることはできない。だが建築はちがう。飛鳥以来千数百年を生き続ける法隆寺は別格としても、鎌倉以降、江戸・明治にいたるまで毎年多くの古建築に修復の手が加えられて健全に生き続け、しかもそれらの寿命があと何年で終り、といった話は出てこない。人体とちがって、残す意志がある限りいつまでも生き続けられるのが建築の特徴だ。

 最近は「100年住宅」のキャッチフレーズが話題になったりするが、たった100年など、それほど自慢できる数値ではない。また、コンクリート造の耐用年限が30年といった説明が大真面目に語られたりするが、あくまで税法上の償却期間の数値である。それが物理的な耐用年限と混同して語られるのは何とも悲しいし、建物の側からすれば大いなる屈辱である。たしかに、まったく手をかけずに使い続ければ、30年でガタは来ようが、そんな使い方はサステイナブルな時代にふさわしくない。

<なぜ歴史にこだわるか>
 歴史へのこだわりが深いヨーロッパの街。日本とは違い石造が主体だが、荘厳な教会や華麗な邸宅・宮殿など誰もが知っている有名遺産以外に、街路や建物の地下に眠る古代の礎石や下水道も彼らにとっては重要な遺産だ。見た目の美しさとは異なるこんな代物を、一体なぜ遺産として尊重するのだろう。実はここに保存精神の真髄がひそむ。どんな遺構も、その場所に暮らした先人たちの知恵や工夫や努力、時には失敗も含めてすべてのできごとをとどめる証人としての役割を果たしている。そんな先人たちの業を敬い慕う気持ちが、保存意識の根底にある。もちろんヨーロッパがずっと保存の姿勢を貫いてきたわけではない。戦時の容赦ない相互破壊は凄まじいものだったし、20世紀後半、技術が急速に進展した平和な時代の中で、新築と引替えに多くの建物が解体された。だが近年、「技術の進歩が必ずしも環境の質を高めてはくれない」ことが判明するのと足並み揃えるように「無条件な建替えに対する罪の意識」は高まってきた。現時点での共通認識は、「どうしても壊す以外に選択肢のない場合以外は、修復や付加による再生を目指すこと」が主流とされる段階に達した。こんな保存意識は、日本よりずっと歴史の浅い米国においても根強く、ニューヨークでさえ100年以上を経た建物の数は東京よりもはるかに多い。

 かりに現代技術が完璧なものだとしても、「多様性が生む魅力」という視点から眺める時、街全体が同時代の価値観と技術だけで埋め尽くされる姿を想像すると、その単調さには耐えきれない。もしそんな姿を、将来どこかの時点からふり返る時、一時代の横暴としか映らないだろう。大学も、世界の名門といわれるキャンパスにはどこも、長年にわたって造られた様々な建物が混ざりあい、その多様性が、学生たちに向けて過去の足どりを伝える上で優れた題材になっている。歴史上の先輩たちの生きざまについて、資料や写真だけでなく、場を共有した同胞として実感できることは大きな力だ。

<解体は今後ますます困難に>
 私たち日本人にとって、建替えとのつきあいは古く、ごく日常的なものとして受け止めてきた。一方には伊勢における遷宮(20 年ごとの建替え)のしきたりが、もう一方には江戸に代表される頻繁な大火からの建替え復興がそれを象徴している。だが問題は、この気軽な建替え意識が、堅固なコンクリート造に対してもそのまま受け継がれている点だ。ヨーロッパ人の保存意識も、もともとは堅固な石造建築との付き合いから生まれた発想だったし、中身が燃え尽きても骨格が残るという事実は、異なる二つの寿命の存在を実感させてくれるものだった。私たちは今、遺伝子にまで深くしみ込んだ解体意識を捨て、修復・改修・付加などの手法で使い続けてゆくための発想と知恵を身につけねばならない。

 解体はもちろん壊すだけでは終わらない。壊すことに比べれば、その後の廃材処理は数倍も大変な作業である。今話題の被災地における瓦礫問題は、原発事故との関連から受入れ拒否も止むを得ずという面があろうが、かりに原発と無縁だった場合に、受入れはスムーズに進んだだろうか。東京湾のように広い水域に古くから埋立てがなされてきた場所は例外として、全国多くの地域が廃材を処理しようとする時、適地はあるだろうか。海に埋めて海岸線を痛めるのか、それとも山間部に積み上げて谷を埋めるのか。いずれにしろ、残された貴重な自然地形をさらに壊さねばならない作業であり、エコやサステイナブルからはほど遠い。

 

     
 
   
[HOME]  
   

Copyright(c) Association for Renovation of Hosei University 55' & 58' Buildings All rights reserved